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『組織文化とリーダーシップ』、名著。

組織文化とリーダーシップ―リーダーは文化をどう変革するか

組織文化とリーダーシップ―リーダーは文化をどう変革するか

 

経営組織論の教科書で組織文化のチャプターを担当することになって、組織文化について文献を色々読んでみたけど、やっぱりシャインの議論を下敷きにするのが一番いいという結論になった(で、書いてみるとまあ大変だったのだけど)。

シャインの組織文化の議論は、文化の3つのレベルの話がとても有名だけど、『組織文化とリーダーシップ』を改めて読み直してみると、それはほんの入り口というか、本論に入る前の話という感じで、メインコンテンツは文化の創造とか変革の話になっていて、そちらの方がはるかにおもしろい。

例えば、文化が生まれてくるプロセスなんかも、創業者と初期メンバーの相互行為の観点から捉えられていて、それゆえにグループ・ダイナミクスを理論的基盤に文化創造のプロセスを説明していたりとか(第7〜9章)、そういうわけで、創業者が文化を根付かせるためのいろんな戦術、他のメンバーに対する印象操作とかを含んだポリティカルなふるまいをあれこれ指南していたりとか(第10章)、こういうところを外してしまうと文化の議論っておもしろくないよなーと思い(ようするに、いい文化を持ちましょうとか、そういうの)、教科書ではできるだけ取り上げてみた。まあ、あいかわらず文化の変革におけるリーダーシップの役割については、とても厳しい要求がされていて、リーダーシップにすごく負荷がかかっているのだけど。

ともかく、一番重要なところは、序章でわりとさらっと書かれている、「この本は臨床的視点で書かれたものである」というところかなと。シャインは、自身の組織文化論を「文化をどのように把握し、どのように適切に働きかけることができるか、という目的のもと」で提唱されたものだと言っており、そのために「概念や事例は配置されている」と言う。要するに「文化をうまく使う」ための議論だということなのだが、それはやはり、「いい文化を持てば業績が上がる」的な議論とはかなり違った目線になっている。

シャインの議論をよりメタに読んでみると、この本で書かれていることはつまり、私たちの差し迫った問題を解決するには、「文化」なる概念を使用せよ、ということになるだろう(まあ、ならないかもしれないけど、シャイン自身が「臨床的視点で概念を整備している」、つまり、差し迫った問題の解決のために有用な概念を整備していると言っているのだし、こうしたメタな読み方をやってみる価値はあるだろう)。研究者なら組織を理解すること(そして論文を書いて、アクセプトされて、学会で認められたりすること)、経営者なら離職者が多いとかの何かしらの状況を改善すること、コンサルタントならクライアントが抱える問題を解決すること(そして、外的報酬とか内的報酬をもらうこと)。こうした問題は、それぞれの人たちにとって切実な問題ではあるのだけれど、「文化」概念を用いて考えたりアクションしたりしていくことで、まあなんとかなる、ということが言いたいのかもしれない。

こうしたわけで、シャインの議論は、常識的なものである。と言ってももちろんそれは、わかりきったことばかり書いてあるとか、凡庸でつまらないとかいう意味ではない。議論は緻密に組み立てられており、洞察も鋭く、とても面白い。もちろん、シャインの示す処方が、浅いとか陳腐であるとかいうわけでも決してない。文化を理解するとか、文化を変革するとかいうことは、難しく、深みのあることだということがよくわかる。

だが、こうした「深み」こそがまさに、優れて常識的な「深み」なのであって、シャインの議論は、それが私たちの常識的な世界観を崩壊させるようなものではないという意味で、私たちの常識的な感覚でもってよくわかるという意味で、そして、「深い」というごくありきたりな感慨を呼び起こすものであるという意味で、私たちの常識の枠を決してはみ出さないものである。そしてだからこそ、「文化」概念は私たちの日常の中で、問題の「解決」を導くためにワークすることになる。

シャインの議論の骨子をまとめるとこうなるだろう。
・組織には文化がある(文化実在論
・こうした文化は、内部者の視点を通してしかアクセスできない(アンケート調査では捕捉できない)
・しかし、内部者の視点を通してもだいたい不可視である(文化は暗黙裡の前提であるから)
・よって、文化を正確に捉える(そして、変革していく)には、ファンダメンタルなリフレクションが必要だ(それはリーダーシップの役割のひとつであり、コンサルタントのサポートも有用である)

こう言われてみると、確かにそうだという気がしてくるし、いっちょ言われた通りにやってみよう(コンサル入れてみよう)という気にもなる。

何が言いたいかというと、「文化」なる概念は、臨床(研究≒コンサル)を首尾よく行っていくためにとりわけ有用な道具だということだ。文化は吸引力のある概念で、経営学では比較的後発概念のくせに、モチベーションやリーダーシップでさえ支配下に収めることができる(逆に言うと、「すべては文化」という内容空疎なブラックホールにもなるのだが)。それゆえに、文化には色々議論がたくさんあるけれども、そうしたことが「文化」のいかにもな「深さ」を生み出しているし、その「深さ」をシャインの組織文化論はうまく活用しているなぁということを思っていた。

なんでこんな話をしているかというと、研究者が「文化を書く」ということが、当の経営実践に対していかなる意味を持つかということが科研のテーマだからで、こういうふうなことを、経営組織論の教科書に書いたわけではまったくありません。

 

(2019年10月30日追記)

この記事を投稿した時点では勘違いしていたのだが、この記事を書くにあたり参照したのは、1989年の清水・浜田訳で、こちらはOrganizational Culture and Leadershipの1985年初版の邦訳。

で、現在流通している邦訳は2012年の梅津・横山訳で、こちらの底本は、2010年の第4版。

組織文化とリーダーシップ

組織文化とリーダーシップ

 
Organizational Culture and Leadership (The Jossey-Bass Business & Management Series)

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