読んだもの観たもの

I'm not a very good communicator, so maybe that's why I write about talking

『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』

著者のクリステンセンが最近亡くなったということで、読んだ。あとは、イノベーションというテーマについても、パラドクスを基調とした議論の仕方についても、経営学っぽい、ということで。

内容については、とくに大きな目新しさはない、というのは、この本を元ネタとしていろんな経営学の講義とかいろんなビジネス雑誌の記事とかが生み出されてきたわけなので、それは、ビル・エヴァンスのピアノを聴いて、「なーんだ、普通のジャズ・ピアノじゃないか」と思うのと同じことなのである。

で、この本がなぜそんなに絶大な影響力を持ったのかというと、ヴァン=マーネン流にいうと、理論としてのスタイル(style as theory)によるところも大きいだろうなと。つまり、読んでると面白さを感じて、何か人に言いたくなる、そうして、みんなが世界をそのレンズで眺めたくなる、ということだ。本書の最も目立ったテーゼである、「業界をリードする優良企業は、正しく優れた経営をしているがゆえに、失敗する」というパラドクスなんかもう聞いたそばから人に言いたくなるし、「大企業の死角を縫って、痛烈な反撃を与える小規模組織」とか、ほとんどジャンプの漫画のようなストーリーでもある。「破壊的技術の弱みは、強みでもある」という反転、「弱みが強みになる市場を探そう」とかもウケがいいだろう。

あと、本書の議論は基本的に、何が起こるかわからない、これからどうなるか知りようがないという不確実性・不透明性を前提としており、その点が経営学っぽくてよいと思った。で、この点に関していうと、破壊的イノベーションのマネジメントについて、この本ではいろいろ書かれているのだけど、でもたとえば新規事業を立ち上げる起業家が、いろんな不透明性や認知的制約の中でほんとにこれらのことをリアルタイムで実践できんの? と、読者は思われるかもしれない、ということで、著者は第10章でイノベーションのリアルタイムでのマネジメントのための手引きとして、一人称で事例を書くということを行なっている。書き方として、なるほど一人称というのはいいアイデアかもしれないと思ったのだけど、読んでみたらそこまで一人称が活かされておらず(要は、別に三人称で書いたとしてもいいような内容で)、この点はちょっと残念ではあった。

ちなみに、本書の実践編としては、『イノベーションへの解』という著作があるらしい。