読んだもの観たもの

I'm not a very good communicator, so maybe that's why I write about talking

『自己啓発の罠 AIに心を支配されないために』

去年に買って、ちょびちょび読んだり読まなかったりしていたものを、この機に読み通してみた。身体やふるまいのみならず、精神、魂のアップグレードを目指して私たちが日々行う自己啓発、それは単に、個々人が「よりよい私」の実現を目指してがんばるというだけの話ではない、より広範な問題含みの社会・文化・政治的現象である。自己啓発のテクノロジーと文化は、私たちを幸せにするどころか、ほとんど実現不能ともいえる目標(=理想の自己)を絶えずちらつかせることで、私たちの不安を煽り、私たちのストレスや自己嫌悪を増大させている。私たちは常に満たされない不足感を抱き続けるのだが、そうした「永遠に満足しない消費者」こそが、ウェルネスを売り物にする資本主義にとって、理想的な「獲物」なのである。もっとも、これは陰謀めいた話ではなくて、自己啓発に勤しむ私たち自身がこうした状況に積極的に加担しており、今や「私たちは死に向かって自己啓発している」のである。…という感じで、自己啓発というテクノ文化とその問題についてあれこれざっくり語るという感じの本なので、解決策もざっくりで、個人主義的自己に代わる関係的自己という観念を持ちましょう、そうすることで、ただ自分の内面に執着するのではなく、社会・文化・政治的な観点から私のあり方を捉えていきましょう、テクノロジー(AI)をそれ独立の中立的なものとして語るのではなく、社会・文化・政治とテクノロジーを不可分なものとして語る新たなナラティブを生み出していきましょう…といった感じの本。

あとは、自己啓発のルーツとして、古代ギリシャ哲学、キリスト教人文主義などがこれもざっくり触れられていて、また、要所要所では「デジタル人文主義」「ヒップスター実存主義」「ウェルネス資本主義」「テクノ解決主義」等々のポップな造語(?)が登場するという感じで、学術書というよりは読み物というところでしょう。それで読みやすいかといわれるとそこまで読みやすくもないのだが、まあ、学生さんにも薦められる本でしょう。